自作小説:ホープ オブ ザ デッド(1話)

自作小説

舞台は1968年ペンシルベニア州を発端とするゾンビ騒動から約400年がたったアメリカ、旧ニューヨーク。すでに人類は滅び、地球は自我を取り戻したゾンビ(新人類)に支配されていた。

旧ニューヨークのメインストリートも荒廃し、狂気に取りつかれたままの野良ゾンビが闊歩。今やスラム街と見分けがつかない。

ロータスはそれらと目を合わさないように足を速め、路地裏に位置する友人の住む古い小さな教会へと向かった。

「ハロー、ジム。今年の人類がゾンビになったことを祝う日ゾンビ・デーを一緒に祝おうって君から声をかけるなんて珍しいじゃないか」

教会からジーンズとTシャツを身に着けた長髪の男が出迎える。近年のゾンビ文明の発達は著しく、ゾンビコスメ、ゾンビ整形術によってゾンビたちの外見は生きている人間そのものだ。

「ああ、久しぶりだロータス。新作の“ゾンビパウダー”が手に入ったんだ、さっそくキメようぜ」

ジム・ショートはロックなゾンビであった。生前、子供のころからあらゆるものに反抗的であった彼は学生時代ビートルズなどのサイケデリックロックに熱中し、当時流行していたヒッピー文化に染まった。

そして成人後、ゾンビ騒動の折に彼は職業軍人となった。もちろん、世界に仇なすゾンビどもに銃口を突き付けるためだ。

結果的にゾンビになってしまったがその反骨精神は死後も変わらない。旧人類が滅亡し、人類復活論を唱える一部の狂ゾンビしか神を信仰しなくなった世界で彼は神父となった。この世界の神父とは旧人類の復活を目論む狂信者もしくはそれに与するものである。彼が神父となった理由はただ一つ、新人類ゾンビにツバをはき旧人類をあがめるその生き方にロックを感じたからだ。

ジムがゾンビパウダーを紙に巻いてロータスに寄越す。

ゾンビパウダーはもともとブードゥーにおける死者をよみがえらせる薬だが、その強烈な刺激性から一部のゾンビにドラッグとして闇ルートで流通している。

ゾンビパウダー(ドラッグ)を紙に巻き火をつけてタバコのように吸うのがニューヨーク流だ。

「二人の友情に乾杯」

サイケデリックロックをBGMにゾンビパウダー(ドラッグ)をキメル。これで少なくとも5時間は退屈しなくなるだろう。

さて、ゾンビ・デーの幕開けだ。教会の大型テレビにはゾンビ・デーお決まりのミュージカル“ナイトオブザリビングデッド”が映し出される。本作はブロードウェイで公演、全米に中継される。あらすじは400年前の世界、生き残った人類とゾンビの戦いの末、人類最後の一人がゾンビになり、かつての人間がゾンビとして生きていくことを宣言するというもの。

ゾンビ・デーはこのミュージカルから始まる、ゾンビ達の一年の平和を願うのだ。

「おい、いつからゾンビはブラッド・パック並みのぬるい芝居をするようになったんだ!?」

ジムがぼやく。

「ゾンビと人がいれば起きるのは命の奪い合いだ。あれじゃディスコじゃないか?俺はいつの間にサタデーナイトフィーバーを見せられていたんだ!?」

ロータスは紫煙を吐き、失笑する。

「非日常を味わいたければ、今日、旧ニューヨーク市庁舎前のデモに参加すればいい。ノーマル(一般ゾンビ)とリバイバリスト(人類復活を願うキリスト系テロ組織)の衝突だ。リバイバリストの一員としてアベマリアをコーラスすれば、いやというほど緊張感をあじわえるさ」

「奴らも懲りずにデモ活動か?まったくゾンビらしからぬ勤勉さだな」

「ジム、神父のくせにニュース知らねえのか?ゾンビ・デーの前日、つまり昨日だ、このクソッタレな世界で絶滅したはずのヒューマンが見つかったんだ。旧人類の寵児だって奴ら大盛り上がりだ。奴らからしたらまるでイエス様が復活したかのように見えたんだろう・・・まて・・・ファック、今とんでもないニュースが入った」

ロータスは違法チップの埋め込まれた電子媒体に手を伸ばす。

・・・違法チップによりペンタゴン・ペーパーズ(合衆国最重要機密文書)でさえもケーキバイキングのような手軽さで手に入る。

「見つかったヒューマンが誘拐された」

20時間前

旧ニューヨーク市、荒廃した街並みの中に不自然なほど美しく輝く純白の邸宅。メキシコ系麻薬カルテル『アンブレラ・ファミリア』のボス、エリンゴ・ラスカーノ氏の邸宅である。1986年、エリンゴは老境に差し掛かった肉体を捨てゾンビとして生誕した。生前の彼は薬品会社に勤める科学者だったらしい。彼はコカイン、LSD従来のドラッグの効かなくなったゾンビに高品質ドラッグ、通称ゾンビパウダーを提供することで裏社会の帝王に成り上がった。

だがこの世の栄華を極めた彼にも一つだけ願いがあった。人間に戻って死ぬことである。

「ヒューマンか・・・」

エリンゴがつぶやく。新鮮な果実のような甘い響きだ。

手に入れて研究すれば人間に戻る方法が得られるかもしれない。さらには…

「何としてもわが手中に・・・」

時を同じくして、旧ホワイトハウス

第93代大統領アダム・ベンフォードは報告を聞いて頭を抱えた。

先時代の冷凍保存室で発見されたヒューマンが何者かにさらわれたのだ。その場にいたゾンビ達は脳を吹き飛ばされていた。短時間で鮮やかな仕事ぶりだ。内通者がいたのだろう。

「・・・」

ゾンビの中には世界を受け入れられないリバイバリスト(人類復活論者)はまだ多い、ヒューマンの存在は国を二分し確実に内戦になる。

大統領はデフコンを4に引き上げるよう指示した。

そしてデルタフォース(USA対テロ特殊部隊)を呼び寄せる。

旧人類の復活?新人類ゾンビの存在意義?そんなこと知るか。一番の懸念はこの国の平和、ヒューマンが生きたままリバイバリストなどのテロ組織に取引材料にされることだ。

「探せ、生死は問わない!!(Wanted: Zombied or Alive!!)」

教会にブザーが鳴り響く、

ステンドガラスに擬態したスクリーンに―EMULATED―の文字。

そしてスクリーンスピーカから初老の男性の声が響く。ジムのボス“ベッドフォード・フォレスト”リバイバリストでの称号はグランド・ヒューマンである。

「30秒後、最重要機密が届く。俺のところまで無事に連れてこい」

唐突に教会のとびらが開かれた。

現れたのは小さい子供が一人りそうなトランクを抱えた女性。

「人類の希望を頼んだぞ!!」

女が叫び、トランクを投げ飛ばした。

ジムが受け取ると同時に女がはじけた。ショットガンだ。女だった肉片が散らばる。

教会が対暴徒モードに切り替わり防弾シートが展開される。直後、着弾。

弾幕が張られ、轟音が響く。

「奴らゾンビが死なないから打つときは一斉掃射だ。・・・ったく容赦ない」

講壇を押すと隠し通路が現れる。急げばこの町は抜け出せるだろう・・・だが問題はそのあとの身の振り方だ。

「わかってんのか、ジム。お前合衆国を敵に回すぞ」

ロータスが念を押したように忠告した。

「ロータス、俺がどう答えるかなんてわかってんだろ、こんなロックなこと易々見逃せるわけがない」

ジムが不敵に笑い隠し通路に身を滑らせる。

ロータスはあっけにとられ、そして大笑いした。

そうだジムは損得勘定で動ける奴じゃない、だから私がいるんだ。

「最高だよジム、私も地獄までついていくぜ」

続けてロータスが隠し通路に飛び込んだ。

自殺願望に似た充実感。

それはゾンビが数十年ぶりに感じたたぎりであった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました