西暦2124年、宇宙にユニバができた。大学生の私と同級生の優花はユニバの年間パスを持っていて、学校が休みの日や長期休みに、富士山頂SAから出発する宇宙エレベーターに乗ってユニバに行くのだ。
大学4年生の私たちは就活を控えていて、面接や自己分析に疲れていた。今日はお互いそのストレスから解放されようと、ユニバで遊ぼうということになった。
私と優花は富士山頂SAで待ち合わせ、一緒に宇宙エレベーターに乗ってユニバに遊びに行く予定だ。
富士山頂SAには、宇宙エレベーターの入り口があり、宇宙にある他の施設に行く人たちでごった返している。拡張工事を施こされた富士山は、さながら砂時計のような形を呈していた。裾野が広いため、それでも山としての原型はとどめている。
宇宙エレベーターの幅はとても大きく、大型のバスが何台も入りそうなぐらいだ。天高く伸びえるエレベーターが太陽光に反射して真鍮色にてらてらと光っている。エレベーターの端は地上からは見えず、さながら虚空から垂らされた白いリボンのようだ。
エレベーターの景色に見惚れていると、私の名前を呼ぶ声があった。
「実由〜ごめん〜待たせちゃってー」
「もう優花遅いよ〜、エレベーター出発しちゃうとこだよ笑」
そう言いながら私はベストな構図を見つけて、二人で写真を撮った。
優花を急かして、チケットを購入。二人でそれをアンドロイドに手渡すと、エレベーターに乗り込むことができる。
エレベーターには大戦時代のポップスが流れていた。もはや古典扱いであるが、今なお根強い人気がある曲だ。
「あっ、この曲、大戦時代の…」
「おお、お嬢ちゃんよく知ってるね」
偶然隣にいた初老の男性、、いや、アンドロイドに話しかけられた。
「俺が生まれたときは大戦時代真っ只中で、まだこのエレベーターなんてなかったんだ。宇宙へ行くのにわざわざ種子島からロケットなんて飛ばしてたんだぜ。俺なんか仕事でしょっちゅう行く宇宙へ行くのに、あの時はとんでもない労力が必要だったんだよなあ」
「おじさん、なんの仕事してるの?」
「宇宙ゴミの掃除さ。大戦の時に宇宙に捨てたれた船とかのゴミを撤去するんだよ。」
「……大変そうだね」
「大変だから俺たちみたいなアンドロイドがやるのさ。生身の人間にはさせられない仕事さ。」
今ではアンドロイドも人間と変わらない思考をして仕事をするのだ。高度に爛熟した宇宙文明を支える大事な働き手というわけだ。もしかしたら私たちがもっと歳をとってよぼよぼになったときも、このアンドロイドは同じ風体でこうして宇宙に通っているのかもしれないと思うと、少し怖くなってそれ以上会話をするのをやめた。
「それでは空の旅をお楽しみください」という女性の声とともに、大きな音を立てて扉が閉まる。エレベーターとは言っても、椅子やソファーが完備されていて、快適に過ごせる。2時間も過ごせば目的地だ。ウェルカムドリンクを手渡され、優花と卒論の話でもして過ごすことにした。
私は都市工学が専攻なので、人類が宇宙に進出してからの都市の変化を卒論にしようと決めていた。今回のユニバ行きは、エレベーターから見える都市の様子を観察するためでもある。
「優花って歴史学だったじゃん、何にするの?」
「あたしは大戦時代のことよ。あの戦争って、悲惨ではあったけど、結果科学がすごい発展したじゃん、それをまとめたいの。」
高度が2000メートルも超えると、都市が豆粒のように小さく見えた。目まぐるしく変わる外の様子に、毎回目を奪われる。
ぼちぼち地球が丸みを帯びているのがわかる程度になってきた。ところどころで大戦時代に捨てたれた船が浮いているのがわかる。こういったものは地球と同じ周期で軌道を回っているので、いわゆるデブリになる心配がなく、処理は後回しにされる。まだ20年は浮いているだろう。そんなことを考えながら、話題は就活へと移っていった。
「この間実由と一緒に大学の就活課に通ったじゃん、あそこでもらったエントリーシートで、なんかいいのあった?」
就活課では、内定者たちがボランティアで相談に乗ってくれる。そこでもらったエントリーシートを思い出した。
「私は都市工学だから、イオンモールみたいなデパートの内装とかできたらいいかなあ、」
イオンモールは老舗の大型モールで、宇宙にも支店を持つ。都市工学で培った設計技術があればうまくいけば就職できるのだ。
「優花のやってた歴史学って、何か就活に使えそう?」
「んー、わかんないけど、出版関係かなあ、ほら、今どんどん宇宙に住む人たちが増えてて、けっこうコミュニティが広がってるみたい。だから需要あるんだって。」
「すごーいじゃん!憧れるなあー、ゴシップとかも書くの?笑」
「悪口は好きじゃないけど、歴史を見てれば恨んだり恨まれたりの繰り返しだからねえ、人間の本質には抗えないよね。」
優花は窓の外に広がる地球を見つめながらつぶやいた。
「悪口だってエンタメの一種だよ。どうせならお金になった方がいいじゃん。仕事なんていちいち選んじゃいられないよ。私の叔母だって悪口大好きだよ。」
そうこうしているうちに、あっという間に着いた。ここは日本の宇宙ステーションであり、エレベーターの扉の先にはさまざまな行き先へ向かう別の扉が用意されている。中は多くの人でごった返していて、売店も充実しており、何かしらの注意事項のアナウンスがひっきりなしに鳴り響いている。さながら巨大な空港のような開放感がある。
別の国への宇宙ステーションにもここからアプローチすることが可能だ。その場合、宇宙船の定期便に乗って向かうことになる。無数の扉の中でひときわ派手に装飾されているのが、ユニバへ通じるものだ。
「実由上機嫌だね。」
優花が言った。
「ふふふ、そうかもね。」
仲良しの同級生と将来の話をして、私の中にあった悩みが取れた気がした。
ふと、この宇宙ステーションで地球に向かって大声を出してスッキリすることが流行っていると聞いたのを思い出した。
「ねえ実由、大声で叫んでみない?」
「えー、なんか子供っぽいよ」
「いいじゃない」
乗り気ではなさそうな実由を強引に引き込んで、せーので、叫んだ。
地球に向かって叫ぶという背徳感がなんだか気持ちがいい。そういった奇行をする客が何人もいるため、他の人も特に気に留めない。
大学4年生という、もう十分な大人がこんなことをしているのがおかしくて、私たちは大きく笑い合った。
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