長い眠りから覚めて知ったのは、ここが100年後の世界だということだった。
有名大学を卒業し、リクルートスーツがボロボロになるまで就活をしたが、結局決まったのは向かいのコンビニのバイトだけ。我が国の就職事情は想像を絶する過酷さだった。
その結果、我が国では、若者が何もせずに、つまり就職せずに結婚もせずに寝て起きて安飯を食って寝るだけのネズミ族と呼ばれる生き方が流行った。
だがそれも当局により弾圧。私もネズミ族と呼ばれる生き方を是とし、その生き方を全うすることで社会に対する反抗をしていたつもりであったが、当局による弾圧対象となってしまっては、何をされるかわかったものではない。
実際、私のネズミ族を自称していた友人などは、ある日突然いなくなったかと思うと、路上で死んでいた。それもなんと、腎臓、肺、角膜、膵臓など臓器が抜き取られた状態であった。
一部では当局の仕業だと言われているが、本当のとところはわからない。
我が国にはモラルのない市民が多数おり、食い物でさえも我先にと、他の人のことを考えない。遅れたものには残飯すら与えられないのだ。
現実から目を背けたくなった私は、新興のベンチャー企業が制作した、コールドスリープという装置に望みを託すことにした。10年ほど眠りについて、今の状況が多少は改善されているであろう未来に望みを託すことにしたのだ。
大学時代に貯めた小遣いを全て使い切り、コールドスリープで眠りについた。
しかしここが100年後だということは、おそらく業者による手抜きによる結果だろう。おおかた想像はつく。我が国ではよくあることだ。
医師だという白衣の男性は顔が整っていた。顎は削ったように尖っており、鼻は東洋人だというのに不自然に高い。だがまあ遠くから見れば整った顔立ちである。
「あなたが習遠平さんですね?わたしは、コールドスリープから寝覚めた方に、今の世界について説明をさせていただくことになっております。」
机の上のファイルに目を通しながら医師がつぶやく。
「今から100年前、我が国の状況は危機に瀕していました。人々は荒廃し、モラルも経済も何もかもが失われていました。」
「しかし、危機を感じた当局があらゆる手段を使って、その状況を立て直したのです。」
「まず、一番大きい変化は、金本位制を廃止したことですね。ほら、金ってその希少性を価値にして、通貨として使っていたでしょう?その価値観はもうなくなり、「見た目」を価値として通貨にすることを決定したんです。通貨の単位はキュンで、私の見た目は3000万キュンに相当します。」
医師は自分の顔を指さしながら、不自然に大きい目を瞬きさせた。おおかた整形に使った金額ということだろう。
「中でも、我が国において一番大きな価値を持つものは、パンダとされています。あの愛くるしい見た目、可愛いじゃれあい、パンダらしい見た目をしている人は、だいたい年収一億キュンの収入があるとされています。」
「そのため、中にはパンダの脳に臓器移植を行なって、パンダの見た目で生活するものもいますよ。我が国の臓器移植の技術は100年前とは比べ物にならないほど上がっていますからね。今の国家主席もパンダの脳に臓器移植を行なって、とても愛くるしいですよ。プーさんの愛称で親しまれています。」
「まあ、とにかくいったん生活してみてください。住むところと仕事は、習遠平さんが自立できるまで我々が保証しますから」
そう言い渡された私は、スーパーで働くことを言い渡された。
「さあ、ようこそ!清く美しく道徳心あふれる我が国へ!」
医師は笑みを浮かべて私を街へ案内する手筈を整えた。
医師に連れられ出た街は、二重整形、脱毛サロン、脂肪吸引、小顔整形など美容に関する広告で溢れていた。
それに、「清く美しく道徳心あふれる国」というスローガンがあちこちで貼られていた。
ゴミだって一つも落ちていない。皆が清潔感あふれる服装をし、美男美女揃いであった。ここは私の知る我が国ではもうなかった。
私の知るこの国は、モラルがなく、清潔とはかけ離れた国のはずだ。なんだこのゴミ一つない街並みは。
それに、、皆が同じ顔をしているように見えた。
「気色わりい、不自然なんだよ」そうつぶやくと街の人が一斉にこちらを向く。張り付いたような笑顔で観察してくる。
苛烈な受験競争や就職難により育まれた私の捻くれた反骨精神が、この国は明らかにおかしいと全力で叫んでいた。
私は医師に聞いてみることにした。
「この街の連中なんか不自然なんだよな、全員いい奴ぶってるっつーか、嘘臭え笑顔作って、人のことジロジロ観察してやがんじゃん」
医師は驚いたような目をして改めてこちらをジロジロみてきた。
「はあ、この国は清く美しい清潔感あふれる国ですので、みなさんいい人しか住んでいないのです。ですので、当然のことだと思います。」
「今から100年前は人々が荒れてモラルがなくなってしまったと聞いています。当局はその事実を反省し、モラルの違反者を厳しく取り締まり、文字どうりホワイトなイメージ作りに励んできました。「清く美しく道徳心あふれる国」というスローガンをたくさん見たでしょう?100年間かけてモラル違反者を厳罰化した結果です!」
「あと、私は習遠平さんを偏見の目では見ていませんが、お顔をもう少し綺麗になられた方が良いと思います。顎を削って、鼻を高くするだけでもだいぶかっこよくなって、キュンの価値が高くなりますよ」
私は顔のことを言われたのが初めてだったので、面食らった。
「あぁ、、んだよそれ、街案内とかもう飽きたわ。パチ屋とかねーの?」
「えっ、いや、そういうのはなくて、、」
「あ?パチねーの?馬券は?なんかギャンブルできるとこどっかねーの?」
「いや、、そういうのは不健全だからだと思いますが、、ないんです。清く美しい道徳心あふれる街なので」
「んだよそれ、なんでも規制したらいいってもんじゃねえだろ、どんな人間にだって発散の場ってのが必要なんじゃねーの?てかなんだよさっきからスマホみたいなんいじりやがって、ちょっと貸せ」
私は医師からスマホを取り上げた。
「わっ!信じられない、、なんてことを」
「あ?んだよ、SNSみたいなやつか、「目覚めたばかりの人間を道案内してるけど、マジでブサイク」なんだこれ、さっきつぶやいたばっかりか?俺の案内しながら何やってんだよオマエ」
「返してください!それはこの国専用のSNSなんです!」
「んだそれ」
「説明が遅れてしまいましたが、この国にいる人間は、みんなこのSNSを入れないといけないんです。「清く美しい清潔感あふれる国」にふさわしくない言動が見られた場合、即座に当局の取り締まり対象になりますが、それもこの国のルールですので」
「んだそれ、ある意味100年前となんら変わってねーじゃねえか。どういうのが流行ってんだよ」
「そうですね、我が国の周辺国へ旅行した我が国の国民が、我が国に対して残虐な行為を行なったとされる人間を祀った場所で唾を吐いたり暴れたりする動画ですね。我が国に対して行なってきた残虐な行為は未来永劫忘れてはなりませんからね。非道徳的行為には仕返しをしないと!我が国は清く美しく道徳心あふれる国ですからね!我が国の住人から仕返しされても当然です!」
「んだよ、やってること100年も経ってもぜんぜん変わってねーじゃねえか」
三ヶ月が経った。この国の気持ち悪い不気味な顔にはいまだに慣れない。優しさがあるように見えて、裏では何考えてるかわかったもんじゃない。
SNSとやらも、他国で自分の国の正義感とやらを押し付けるものが流行っていて、もといた時代を思い出し、気持ち悪くなってみるのをやめた。
今日はあの医師の外来に行って、経過を報告する日だ。
私の中で試してみたいことが一つできた。
「習遠平さんお久しぶりです。その後どうですか?うまくこの国に馴染めていますか?」
「習遠平さんのリハビリに、私も全力でサポートしますので。何かあればいつでも聞いてください。」
この外来の後に、私はSNSに「この医師は注射器を舐めている。非常に不潔だ」と書き込んだ。信憑性を持たせるために写真の合成まで行なった。
案の定、この投稿はままたくまに拡散され大炎上し、連日のニュースのトップを飾ることまで発展した。
例の医師がマスコミに囲まれるということを聞きつけて、私も駆けつけた。
「あれは捏造なんです!私は一切注射器を舐めていない!習遠平の捏造なんだ!」医師は必死に反論していた。群衆の中に私を見つけると、駆け寄ってきた。「どうかあれを嘘だと言ってくれ」と懇願してきた。「この国では一度でも炎上したら当局に逮捕されて何されるかわからない!どうか嘘だと認めてくれ!」
懇願する医師を見、この国の体質に改めてうんざりした。
「SNS以外にストレスの捌け口もねえからなお前ら。都合の悪いところは隠蔽して、ホワイトな社会を強制しやがって。お前らそこまで清く美しくないから鬱憤たまって、他国行って暴れてるだけだろ?お互い監視しまくってどう評価されるかばっかり気になってよ、やっぱギャンブル必要なんじゃねえのか?」
私がそうつぶやくと、周りにいたものたちは静まり返り、いつも通り私をジロジロ見始めた。その様子を確かめ、間髪入れず言い放ってやった
「だいたいお前らおかしいんだよ、広告は整形やら脂肪吸引やら綺麗なもんしか許容しないっつー馬鹿みたいな思想に染まりやがって。そのくせ当局の厳罰に処されない範囲のことしかできなくてよ、息苦しくねーのお前ら?」
そこまで一気に捲し立てると、スマホに大量の通知が来た。私の意見を聞いたものたちが一斉にSNSで私を叩いているようだ。
「あぁ?んだこれ、SNSで俺のことディスってんのか?どうでもいいわこんなん、SNS以外に捌け口ねえもんな」
「えぇ、ぜんぜん効いてない、SNSで凄まじい叩かれ方してるのに。他人からの評価気にならないのか?」
医師が狼狽した表情で私を見てきた。
「あぁ?他人からの評価どうでもよくね?俺こんなSNSとか見ねーし」
「お前らさあ、表向きは清くて美しいとか言っといて、自分の思想と相入れない人ん国で暴れたりしてんだろ?信じらんねえぐらい非道徳じゃねえか。自分が当局から目をつけられないようにビクビクしやがって!だいたいなんだよ通貨がキュンって、気色わりい。」
「だいたいな、こういう言いたいことも直接言えずに、ビクビクしてるからSNSで攻撃的になったり、他国で暴れたりするんだろ?お前ら孤独なんだよ、SNSで群れてるように見えて、心と心のつながりを誰とももててねえんだ。」
「上っ面だけ良い人ぶりやがって、どうせその板っきれで人のことバカスカ叩いてんだろ?汚れた腹の底隠して気持ち悪い笑顔浮かべてんじゃねえよ気持ち悪い、SNSで人のことばっか叩いてる人間がほんとに清く美しい人間なんですかねえ?」
「あとさあ、ずっと思ってたんだが、お前ら顔みんな同じじゃね?整形してんだよな、そりゃ顔面で資産価値決まる世の中だもんなあ、そりゃ顔が極端に少ないパターンのいずれかになるわな、まあ瞼とか鼻とか細かい違いはあるんだろうけどよ、他人からしたらそんなお前らの細かいところの違いなんて興味ねえから。はっきり言って、お前らに関心のない大多数からすれば、お前の顔なんてほぼ一緒だぞ。どうせ一緒の顔なんだったら、最初からお面でもかぶっとけば?ハハハハ」
「あっ、そういやパンダの脳に臓器移植したきめえ奴いたな、国家主席だっけ、お面かぶるよりそっちの方が良いかあ、ハハハハ」
私の発言を聞いたものたちはその後メンタルを病み、仕事ができなくなった。
私は逮捕され、国家主席プーさんの命により引きずり出されることになった。どうやら国家治安維持法とやらの罪に問われることになったそうだ。
この国では国家主席について悪口を言ったものは即座に逮捕され、裁かれることになっている。それがこの国家治安維持法とやらだ。
私の一連の発言はSNS上で大いに炎上した。私の人権はもうない。もうこの世界で生きていくことはないだろう。
だが、炎上するほど多くの人の目に触れたのも事実だ。
我が国の国民は長い間の洗脳に犯されてきたと気付き始めた。当局も徐々に国民を抑えきれなくなってきていると噂で聞いた。
この国の崩壊は近い。
美を基準にした経済だって、ガタがきている。みんな同じ顔だから、価値が高いものが一般化してしまい、バブル崩壊後のような経済の低迷を迎えていた。
国家主席プーさんは、この国の低迷を隠すために、隣国をあらゆる手段を使って貶め、国民の目を当局に向けさせないように躍起なようだ。
改めて思う。この国の崩壊は近い。
この国が崩壊でもしたら、隣国で安定した職業にでも就職するために再受験でもするか、いや、それまで私の命はあるのか?
そんなことを考えながら、執行猶予期間最後の紹興酒を啜る。

