現在高市総理の打ち出している経済対策について考察します。
まず、大前提として、国家は何のために存在するでしょうか。
何よりも大事なのは、「国民を飢えさせないため」です。
「飢えないため」には、食べ物が大事です。
そして国民がその食べ物を買う仕組みが必要です。
これが経済です。
ちなみに経済の正式名は、経世済民です。「世の中をよく治め、民を救う」という言葉が由来です。
つまり経済は民を大事にすることが基本であるというわけです。
さて、国民が経済活動を行う上で大事なのは「仕事」です。
ならば国は、国民全員に仕事を用意する必要があります。これが「雇用」です。
すなわち、
「国家=食べ物を用意する存在=仕事を用意する存在」
という方程式が成り立つわけです。
国民全員が仕事を得られるように国は国民の経済活動をいつも気にしています。
今回の選挙で高市総理が打ち出した「責任ある積極財政」という内容も、行動原理は「国民の仕事を用意するため」であるはずです。
では、言葉の定義や今の日本の経済について考察していきます。
積極財政、緊縮財政について
村があるとしましょう。百人ぐらいの小さな村です。
村人たちは農業をしたり、物を作ったりしてそれを他の村に売って暮らしています。
村長は、村のみんなのために道路ひいたり学校建てたり水道を作ろうとします。
なのでみんなからある程度お金を集めました。
うまいこと稼ぐ人からは多めに、そうでない他人からは少なめに。
なんやかんや集まったお金で、公共事業を行いました。
この仕組みを続けて何十年も経ち、毎年集めすぎたお金は村長の家に置いておきました。
ある時、誰かがお金を使うことに不安を感じ、お金を使わずおいとくことにします。最低限の出費しかしなくなります。
するとその考えが伝染し、みんなお金を使うことを渋ります。
これはよくないことです。
物が売れなくなり、仕事を続けられないからです。村の元気がなくなります。景気が悪くなるのです。
仕事がなくなることは飢えにつながります。
そうなる前に、村長は、家にあるみんなから今まで集めたお金を大胆に使って、いろんな公共事業をはじめます。
これが「積極財政」です。
村長も無限にお金があるわけではないので、村人に借金するからという形で、公共事業を続けます。これを、「債券」と言います。もちろん後で村人に返します。
村長が公共事業を続けていると、村人も村長にならって、お金を使い出すようになり、物も売れるようになりました。つまり、みんなは仕事は続けられることになりました。村長は雇用を守ったのです。
今度は、債券を発行していた村長が、村長の借金が増えることを心配して、公共事業をやめ、債券の発行を停止します。村長が貯蓄し出すわけですね。
これが「緊縮財政」です。
緊縮財政をしていても、村人のみんなが雇用を守りながら経済活動をしていれば大丈夫です。
村長はその程度を見極めながら村のみんなのお金を管理しています。
今の日本の状況
日本も上記の内容を繰り返してきました。
なんやかんや、国民が不安になることは起こるわけです。
戦争、地震、洪水、病気、世界的企業の倒産、、、
その度にみんなお金を貯めようとして、不景気が訪れるわけです。
そこで国は「国債」を発行します。
その国債を日本の場合は日本人が買います。(国民、日本の銀行、日銀など)
つまり、日本政府の借金は、日本人に対してしている借金なのです。
この構図で大事なポイントは、「政府の持つお金+国民の持つお金」の合計が変わらないということです。
これはとても大事です。
例えば、国債を他の国の人が買ったとしましょう。
すると、「政府の持つお金+国民の持つお金」が確実に減ることになりませんか?
減った分、また刷ればいいじゃん、という考えもあるかもしれないですが、そうはいきません。
「金本位制」といって、世界中でも安定している金の価値を基準にお金の価値を決めているからです。
つまり、国債が海外に買われた場合、その海外に流れた富は確実に日本から減ります。
日本の富が減ってしまうとどうなるか。お金がどんどん貴重なものになり、なんでも高額になります。景気も悪くなり、雇用はなくなり国民は飢えることになるでしょう。
ありがたいことに日本は海外に国債を買われておりません。
そこはしっかりしてたんでしょうね。
国債を実際に海外に買われていた国は、例えばギリシャなどです。他にもメキシコ、ブラジルなど。
そういう国では、上記プロセスで経済が安定しないので、国を成長させてくれる企業などが経済活動を行ってくれません。政治だって外国勢力に支配され、自分たちのための政策ができないようにされてしまうのです。(ある意味、現代の植民地支配みたいなもん)
自分たちの国民を飢えさせないための政治ができないって、やばくないですか?(実際メキシコとかブラジルってそういうイメージですよね、なんとなく、「貧困」みたいな)
日本はそうならないように、国債は外国に買われてはいけないのです。
いわば日本はこのままで大丈夫(なはず)
責任ある積極財政とは?
今回高市総理が唱える、「責任ある積極財政」とは、経済成長が見込める分野(AI、半導体、医療、宇宙、防衛、人材育成など)に投資する形で国債を発行し、財政を使うということです。
この分野が世界をリードすれば、将来税収は増え、国債も無事返せると見込んだのでしょう。
AIはまだ出始めた分野ですし、高市総理が投資しようとしている分野はたぶん日本がリードできそうって見込んだものなんでしょう。
この間の万博で日本の先端技術をたくさん見ましたが、なんていうか、誇らしくなるものがたくさんありました。
「こんな未来いいなあ」ぐらいは何度も思いましたね。
将来のことはわかりませんけどね。
行動するなら早いほうがいいといいますので、ぜひ積極的にやっていただきたい。
何より前向きな政策な気がします。
これまでODAで海外支援するために日本からたくさんの富が出ていきましたが、将来リターンされるわけではないですよね?
ウクライナにだって、巨額の支援を行いましたが、結局ロシアに吸収されそうじゃないですか。
中国にだってこれまで巨額の経済援助を行ってきましたが習近平あんな感じじゃないですか。
他にもいろんな国にいろんなお金の配り方をしてきました。大きく平和にも貢献してきたことでしょう(そうあって欲しい)
海外支援はもう十分では?
前向きな政策は大歓迎です。
「成長」という言葉だけでも景気が良くなりそうです。
資本主義について
さて、最後に資本主義について考察します。
人類はこれまで「貧富の差」に苦しんできました。
あるときは血筋によって、または実力によって、ごく一部の成功者と、大多数の貧困者に分けられてきました。
そんな現状に嫌気がさして「共産主義」が生まれました。
しかしその共産主義もうまくいきませんでした。頑張って働いても頑張らなくても報酬が同じだから、働く気が失せてしまったのです。
共産主義の人たちは飢えましたが、資本主義の人たちは飢えはしませんでした。
その代わり、相変わらず貧困者たちは働いても働いても、現状は変わりません。貧困のままです。
一方、富めるものは働かなくてもお金が有り余っています。
資本主義とは、人類がこれまで苦しんできた「貧富の差」を許したわけです。
政治が経済を管理してくれるおかげで、貧困者が飢えないギリギリのラインを作っているわけです。
さて、経済の正式名は、「経世済民」です。
世を治め、民を救うことが前提にあります。
なら民を救わない経済政策を行えばどうなるでしょうか。
その場合、国民は立ち上がり、政府は倒されることでしょう。
歴史上、民を救わない経済政策を行ってきた事例はあります。
外国に侵略されたときです。いわば、存立危機事態の時です。
経済活動を行う上で、防衛というのは大前提でもあるのです。
さて、昨今の日本を取り巻く環境は危険度を増しています。
どうか高市総理には、この大難を無難に乗り越えていただきたい。


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