バシッー!
脳外科医の藤田氏は目の前が真っ暗になり、その場に倒れた。
朝のカンファレンスでの藤田氏の発言の途中、急の出来事だった。
実は藤田氏は当直や休みのない手術、学会での資料作成などで極限まで疲労しており、残業は過労死ラインの100時間をゆうに超えていた。
カンファレンスは即時中断、コードブルーが院内に響き渡り、藤田氏が気づいた頃には救急のベッドで点滴を受けて寝かされていた。
「あっ、藤田さんわかりますかー?」
看護師の声に呼応して藤田氏はうっすら目を開けた。
「うっっ、なっ、なんだ、訳がわからない、、俺を、どうする気だー!」
「藤田さん落ち着いてください!藤田さんは先ほどのカンファで倒れてここまで運ばれてきたんですよー覚えていますかー?」
藤田氏は、暴れる。その様子はせん妄を思わせたが、何かに怯えているようであった。
「脳が、しゃ、喋った!いや、脳みそが話しかけてきている!助けてくれー!」
藤田氏の絶叫は院内に響き渡り、その様子を見かねた通りすがりの麻酔医がガスで眠らせ、藤田氏はそのまま精神科へ搬送された。
「デュフデュフww、これは疲労によるものでござるな。おそらく脳外科医として働くうちに脳のMRIや血管造影などを見過ぎてしまって、人の顔が透けてしまって脳の画像が藤田さんの目に映り込んでしまうんでござる。デュフフw。結果、脳が直接自分に語りかけてくるように見えてしまう。これはなかなか重症ですぞ。まあ、人の顔なんて脳みその器みたいなもんですから、慣れるまで安静にするでござるよ。デュフww」
そう告げた精神科医はタヌキのような風貌をしており、院内では生粋のアニメオタクとして有名な男だった。
「私は脳が喋るのが気持ち悪くてしょうがないありません、、どうすればよいでしょうか、、?」
藤田氏はこれまでの半生を思い出しながら脳外科医という選択をした自分を責めた。医学部の受験では浪人を重ね、苦労して入学したが、学内では落ちこぼれないようになんとか卒業までしがみついてきた。なぜ頑張れたかって?モテたかったからだ。医者になれば今までの苦労は精算され、自然と相手がよってくる人生になるだろうと期待していた。
しかし現実は違った。卒後2年の初期研修先として選んだ病院は救急も忙しく人手が足りていないため馬車馬のように働かされた。さらに、医者になってもモテる訳ではなく、もともと顔の整っている男性がさらにモテているだけであった。
2年間の初期研修を終え、藤田氏は出身大学の脳外科医局に入局した。出身大学ならモテるだろうと踏んでのことだった。さらに脳外科という響きが、いかにもモテそうだった。
だが、現実は違った。
脳外科医として日々の仕事をこなしていくうちに、いつしかモテたいと考えるのをやめていた。塞ぎ込むように仕事に打ち込んだ。
そして今日、ついに脳外科医の藤田氏の脳自体が壊れてしまい、人の顔が脳に見える病にかかってしまった。
精神科医によれば、これは重症らしい。
藤田氏は院内をゾンビのように徘徊し、頬には一筋の涙が流れていた。
「藤田さーん、拙者の治療を受けてもらえませんかね?デュフフw」
タヌキのような風貌をした例の精神科医が私の病室を尋ねてきた。
「藤田さんには心のケアとして、かわいい女の子がいっぱい出てくるアニメを見てもらうことで目の保養を行なってもらいます。デュフw、生身の人間だと脳に見えちゃうでしょう?なら、二次元の女の子ならそうはならないはずです。この治療法は実際本にもなってござるよ?さて、こちらはリトルバスターズ、涼宮ハルヒの憂鬱、鋼の錬金術師、シュタインズゲート、反逆のルルーシュ、リコリス、メイドインアビス、のんのんびより、けいおん、アイドルマスター、ラブライブ、、、あとギャルゲーもおすすめですな、デュフフw」
精神科医は数え切れないほどのアニメを持ち込んできた。
こんなにどっぷりアニメに浸かるのは学生以来だ。いつしか藤田氏の病室はグッズや漫画、二次創作作品で埋め尽くされていた。
「おめでとうございます藤田さん!今日で退院だね!脳外科に戻ってもいっぱい頑張るんだよ!」
とても可愛らしいアニメ声で例の精神科医に告げられた。
半年以上に及ぶアニメでの治療で、私の脳は完全に変わった。
かわいい女の子の映像を見続けることで、藤田氏の認知はさらに歪み、たとえ相手がどんな人間であろうが、かわいい二次元の女の子に見えてしまうようになっていた。
たとえどんなドス声でも、藤田氏の脳内を通して聞けば、かわいい声に生まれ変わる。
相手が年寄りであろうが、筋肉隆々の男であろうが、タヌキのような風貌であろうが、私の認知は変わらない。みんなかわいい。
それから藤田氏は人生が楽しくなった。
今日も藤田氏はかわいい二次元の女の子に囲まれ、朝のカンファをこなし、手術を行なっている。
藤田氏の手元のスマホには、見たいアニメのリストがパンパンに詰まっていたのだった。

